彩色ダイアリー

釣り好き主人のつりの話や・・・、
こんなのありました・・・、
マイフェイバリットな色々を綴った日記です。

興味のある方も無い方もチョットのぞき見大歓迎!
心に花を・・・幸せ気分で毎日を!(^◇^)

義務 発生 文化人類学

人類が発生して概ね700万年。人類の脳が、ゴリラを圧倒的に凌駕したのは、肉食を覚えてからというのが今や通説・・・?それ以前に、人類は義務を遂行していたそうです。ツマリ、やらなければいけない事をしたいた。


義務は、チンパンジーにもゴリラにもあるそうです。なので、法律以上のお話。義務とは法律で縛られる以前に、種の繁栄のためにその種の個が果たさなければならない行為の様です。


そんな発想、哲学ではどうなのでしょうか・・・?というのも、文化人類学ならそんな発想もあり得ると感じたから・・・・。


TV番組で正に、的を射たお話がされていました。社会を形成して生きていく動物には、義務がある。ヒエラルキー(ここでは上下関係程度の意味で)構造も出来てしまう。その原因、それは食い物。


ゴリラは子供に彼らの力では得る事の出来ない、食い物を与える。ゴリラは家族を基礎とする集団を形成して、子供には食い物を与えるそうです。それが、大きなゴリラが小さなゴリラに対する義務。


人類も同様。二足歩行で胎内にいる内に、胎児の成長をある程度、成長させられる動物の様には出来ない人類は、乳児を守るために離乳食を与える必要があった。そんな時期から子供がある程度成長出来るまでは、教育する。それは、義務。


他の動物だってご同様。


肉食動物の餌になりやすいのは、成長した個体より産まれた時期に近い、運動能力の拙い個体。これは恐竜の時代以前からの生物の掟。


種の保存は生物の使命、本能。生きるモノの正に、生きるための行動に義務があった。ならば権利は、父なる地球が生物に与えてくれた環境なのでしょうか・・・?


人類には権利と義務が、生まれ出た時から生きて行くために必要な概念だった。 色々な学問やニュースなどで、そこいら辺りのアレコレな件が話題になったりしている昨今、生物・・・特に動物には、義務と権利が必要だった・・・?


今や人類は、法を作って繁栄の礎の一つにして、義務も権利も広範にわたり活用しています。生物である限り、義務とは死ぬまで付きまとう制限と考えるか、使命と考えるか、ハタマタ、算数の公理のようなモノなのか・・・?